【葉隠】損得で考えるということ

勘定者はすくたるるものなり

葉隠より

計算高い者は卑怯者である。

目次

武士道と損得勘定

計算高いということは、損得で物を考えるということでもあります。

損得だけで考えるならば、当然「死=損」ということになり、どんな時も生き延びることだけを考えるようになるから「卑怯者」だというのが武士道ならではの考えになります。

武士道第一の徳目【義】は、「正しいこと」という意味と同時に「損得を考えない」という意味もあります。

損得で考えるなら「得=正しいこと」となってしまいます。

個人の損得を超越して、それでも「正しいこと」を決断する…

それが武士道の【義】です。

今を生きる私たちがいくら武士道に触れたとしても、決して相容れない部分がここだと思います。

金銭がないと生活できない私たちにとって、損得勘定は不可避なものです。

そもそも私たちが人生の大部分の時間を費やす仕事そのものが営利を目的としたものですから、損していいはずがありません。

わずかであったとしても、お金を儲けなければ生きていけないのです。

しかしながら、私たち日本人の多くは、少なからず金儲けに対する罪悪感のようなものがあります。

たくさん儲けた人を見れば、何か悪いことでもしたんじゃないかと邪推することもあったりします…

事業の目的にしても、ただの金儲けではなく、何らかの社会貢献的な要素がないと、中々認めようとしません…

これらは私たちの中に残る「武士道」の名残だと思います。

良くも悪くも、私たちはしっかりと「武士道」の影響を受けているんですよね…

今の時代はお金がなければ始まりません。

もちろんお金がなくてもできることがないわけではないですが、社会に貢献するにしても、誰かを幸せにするにしても、お金があったほうができることは多いのです。

金儲けの良し悪しを考えるよりも、儲けたお金の使い道を考えるべきでしょう。

そこにも【義】や【仁】は宿るのです。

これからの時代には、これからの「武士道」があってしかるべきだと思います。

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