武士道は、語られず、書かれてもいない掟でありながら、
新渡戸稲造
それだけにいっそう武士たちの内面に刻み込まれ、
強い行動規範として彼らを拘束した。
それは、有能な者の頭脳が作り出したものでもなければ、
有名な人物の生涯にもとづくものでもない。
数十年、数百年におよぶ武士たちの生き方から自然に発達してきたものである。
これからの武士道
「日本人には今こそ武士道が必要だ!」
武士道を学んでいくと、そういう気持になりますが、やはり時代は大きく変わりました。
そのままの武士道を今の時代に持ってきたとしても、それだけでいいことだとは思えない部分も多々あります。
損得を考えないことから、富や財産を得ることがむしろ害になるという考えは、お金だけが生活の糧となる今の時代にはやはりマッチしません。
切腹が名誉であるとか短命を美化したりとかいう部分も、正しい認識を持たなければとても危険なものになります。
しかし、実は実態がないというところが武士道の素晴らしいところでもあります。
特定の誰かが作ってきたものではなく、長い年月をかけて自然と生まれてきたのが武士道です。
そしてそれこそが私たち日本人の規範でした。
今、私たちは武士道を「過去の素晴らしい教訓」と捉えている節がありますが、そう考えてしまうと、今の時代には何一つ教訓というものが存在しないということになってしまいます。
私たちは今も、武士道の中から教訓を得ています。
そしてこれからの時代にも合った、新しい武士道を作っていく必要がある…
今、そういう時期が訪れているように感じます。