【真木和泉】はじめに義あり

義がなければ才能があろうと学問があろうと、人は武士たり得ない。

義があれば世に立たなくとも何ほどのこともない

真木和泉
目次

武士道における義とは

【義】とは武士道における全ての原点であり、骨格のようなもの。

骨がなければ人は立つことすらできないように、【義】がない人は、どれほどの才能や学があったとしても、武士にはなれない。

逆に【義】があれば、世に名を残すことなどできなくても、どうということはない。

このサイトでも紹介しているように、武士道にはいくつかの徳目がありますが、勇、仁、礼・・・等々全ての徳目は、その土台に【義】があることが大前提となります。

【義】とは「正しい行い」のこと。

正しいことを貫くことは決して簡単なことではありません。

また、正しいことを貫けばそれで万事うまくいくというわけでもありません。

むしろ、正しいことを貫くあまり、孤立してしまう人もいたりします。

「正直者は馬鹿を見る」という諺があるように、人を出し抜いたり誤魔化したりしながら、それなりの立場にいる人はたくさんいます。

「法律に反してなければ悪いことではない」とか、「嘘を言ってるわけじゃないから本当だ」とか、何か理屈をつけなければならないようなことは、決して「正しいこと」ではないと思います。

「黒」に対して「グレー」という言い方を耳にします。

「違法」ではなく「脱法」という言葉を耳にします。

どこまでならセーフなのか!?どこまでなら自分を許せるのか!?という基準で判断するのではなく…

どこまでなら自分で自分を誇れるのか!?

そんな基準で考えたとき、私たちの行動は大きく変わるかもしれません。

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