損得か?善悪か?「生き辛い日本人」が幸せになれる思考とは!?

真田の六文銭
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損得勘定と善悪感情

スポーツの試合では、勝敗よりもフェアプレーを重視する。

日本人は正義感が強く、曲がったことを嫌う人がたくさんいますが、その要因は、武士道にあります。

武士道の7つの徳目の中で、第一の徳目とされていたのが「義」です。

「義」とは、「正しい事」や「正しい行い」という意味を表し、武士道の根本となるもので、その他7つの徳目も、この「義」を前提にして初めて成り立つ事になります。

  • 正しいと信じる事を実行する=「勇」
  • 正しい場面で情けをかける=「仁」
  • 正しく振舞う=「礼」
  • 嘘をつかないことが正しい=「誠」
  • 恥を知ることが正しい=「名誉」
  • 正しいと信じる相手に尽くす=「忠義」

このように、全ては正しいという前提が重要となります。

つまり私たち日本人は、「正しいかどうか」という「善悪によって判断する」という価値基準を、最も大切にしてきたということです。

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「正しい」を判断するために

「善悪によって判断する」のは、口で言うほど簡単ではありません。

時と場合、そして考え方によっても異なる場合が多々あります。

近頃騒がれたコロナ警察や、ネット上での誹謗中傷なども、イタズラだけではなく、誤った正義感が暴走している場合もあります。

もっと極端な例で言えば、戦争はそれぞれの「正しい」のぶつかり合いとも言えます。

つまり、何をもって「正しい」と判断するのか、その判断力が非常に重要となり、間違った判断をしないためには「損得」という価値観を除外する必要が出てきます。

損か得かだけで考えたら、誰だって得をしたいでしょう。

武士道のバイブル『葉隠』の一節に、こうあります。

計算高い者は卑怯者である。

理由は、計算は損得を考えるものなので、常に損得の考えが抜けなくなるからだ。

死は損、生は得だから、死にたくないと思うようになるので卑怯者というのである。

葉隠

戦場で常に死を意識するサムライにとって、損得を考えてしまうと、当然「死にたくない」という思いが強くなり、臆病になったり逃げ出したりと、根本的な事がひっくり返ってしまう可能性もあるということです。

こうした考え方から「義」には、「正しい事」という意味の他に「損得を考えない事」という意味も備わっています。

つまり日本人は、損得を考えず善悪の判断を大切にしてきたわけですが、生活の基盤がお金となっている今の時代に「損得を考えない」という事には、やはり無理があります。

そしてそのことが、今の日本人の生き辛さへとつながっていると感じています。

お金が苦手な日本人

損得の象徴と言えばお金ですが、日本人はこのお金が「苦手」です。

損得勘定がサムライをダメにするのと同じように、お金が人をダメにするかのような、独特な価値観があります。

お金の話をする時に「やらしい話だけど…」とか「汚い話だけど…」なんて、枕詞のようにくっつけたりしてませんか?

また、金儲けという言葉に、あまり良い印象を抱かない人も多いですし、お金持ちに対して、妬みややっかみだけではない、何とも言えない感情を持っていたりもします。

そもそも私たちの仕事自体がお金を稼ぐことなのに、たくさん稼ごうとすると違った目で見始めるというのもおかしな話です。

中でも、投資のように、労働を伴わない収入には抵抗を感じる人はまだまだ多く、お金でお金を生み出すようなビジネスモデルには嫌悪感を示す人もいます。

ちょうど今のコロナ対策にしても、一律10万円の支給が決まるまで二転三転しました。

その時にも「バラまきにはしたくない」というような意見が出ていました。

老若男女問わず、不特定多数を対象にするのなら、特定の物やサービスよりも現金が最も簡単な上に助かる人が多いのは明白です。

それでも、持続化給付金や家賃支援給付金、雇用調整助成金や各種融資制度など、「何のためのお金なのか」はっきりと分かるように、お金に色をつけたがり、無色のままで出す事は極力避けようとします。

お金を稼ぐことや与える事に、明確で正当な理由を求める、損得勘定を除外して善悪の判断を持ち込もうとしているということでしょう。

  • 仕事としてお金を稼ぐ=善
  • 必要以上にとにかく稼ぐ=悪?嫌悪?
  • コロナ対策でバラまきをする=悪?安易?
  • 使途を限定したお金を配る=善

恐らくこんな感じで、必要な範囲と思われる物は「善」で、それ以上を求めようとすることを「悪」だと判断しているように感じます。

でもこれは、根拠や基準の全くない個人の主観であり、ただの思い込みと一緒です。

この4つは、損得だけで考えたらいずれも「得」です。

素直にそれを喜ぶことができたら、それだけで幸せになれるかもしれないのに、どうしても損得勘定を除外して、無理矢理でも善悪判断をしたがる傾向が強くあります。

お金が人をダメにするという思いから、どこかでブレーキをかけたい気持ちは分からなくはないですが、そもそもお金が人をダメにしてるのではなくて、人がお金とうまく付き合えてないだけです。

私たちはまずお金に対して、やらしいとか汚いとかいう固定観念を捨てて、きちんと向き合って理解をする必要があるでしょう。

足るを知らない日本人

お金が増える方では損得勘定を除外しようとしながらも、出ていく方向に関しては過剰に気にする人もいます。

例えば、欲しい物を2割引きで買えたら「得をした!」と思いますが、その後で3割引きで売っているのを見たら、途端に「損をした!」と考えたりしませんか?

そもそも2割引かれている時点で損をしてるのではなく、得をしてる大きさの違いしかないはずですが、更に得があるんだと気付くと、その差額を損だと考えてしまうわけです。

実はこの考え方こそ、不幸の始まりとも言えます。

日本人は、「不足」にばかり注目し「充足」が見えなくなっていることが多々あります。

100点満点のテストで60点だった時、届かなかった40点ばかりに注目し、自力で獲得した60点には目も向けなくなるという思考です。

これも武士道の名残りだと思いますが、不足を自覚するからこそ更に努力をすることができるというモチベーションの作り方も確かにあります。

しかし、サムライのように自分自身に対する明確な理想像を持たない凡人の私たちには、そこまでの強い意志を継続させることは中々難しい事なのです。

少しうまくいったら喜び、小さな達成感を積み重ねていくことで、やっと努力を継続する事ができます。

また、その過程において、自力で獲得した60点に現状での満足を感じる事ができたら、それだけで幸せかもしれません。

幸せとは「成る」ものではなく「感じる」ものです。

1割でも2割でも割引があれば得は得です。

その事実をそのまま喜べばいいのに、一番大きく得をする以外は全て損だとしてしまうと、世の中には損だらけになってしまいます。

今目の前にある小さな喜びを無視してしまうことは、自ら幸せを遠ざけているのと同じ事です。

逆に、今在るものに満足できたなら、今すぐ幸せを感じることができるようになります。

まとめ

日本人は損得を避けすぎたせいか、損得が必要な場面まで無理矢理善悪で判断しようとしたり、そもそも損得の考え方を狭めすぎてしまったりする事で、結局損をしてる事が多いように感じます。

そもそも「正しい判断をする」ために「損得を考えない事」が重要だったのに、「損得さえ除外すれば正しい」かのような考え方になってしまっています。

お金そのものが汚れているのではありません。

人の使い方によってお金を汚してしまう事があるだけです。

お金そのものを善か悪かで判断するのではなく、お金の使い方を正しく判断すること。

同様に、損得勘定は良くないから除外ではなく、損か得かをしっかりと見極めること、つまり損得を正しく勘定することが大切だと考えます。

損得か?善悪か?の二択にしてしまうから、思考そのものが窮屈になります。

損得も善悪も含めて「正しいかどうか」を判断する。

思考を広げるということは、幸せの選択肢を広げることでもあります。

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真田の六文銭

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